剣道をオリンピック競技にすべきではない

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剣道には世界選手権大会があります。
オリンピックに比べれば、比較にならない
ほどに知名度はないのですが。

もし、剣道もオリンピックに参加すること
になれば、剣道を知らない人たちを巻き込
んで、今以上に騒がれることでしょう。

しかし、国際剣道連盟も全日本剣道連盟も
オリンピックへの参加に反対しているよう
です。

個人的には、私も反対です。

オリンピックの本来の目的

オリンピックはもともとは
スポーツを取り入れた教育改革が始まり
です。加えて「国際交流」「平和」の
役割を果たしてきました。

五輪のマークも5大陸の融合を意味する
もので、一国の国民だけが参加する競技
ではなく「参加すことに意義がある」と
いう趣旨のスポーツ振興を通じて、国際
交流と平和を願って始まったものです。

それが、いつの間にか勝利至上主義とい
う国対国の対抗意識が強まり、メダルの
獲得争いに変わってきました。

勝利至上主義とルールのスポーツ化

なかでも同じ武道でありながら、柔道の
ようにルールのスポーツ化により、本来
の理念と違った姿に変わってしまったも
のもあります。

中途半端な「効果」だ「有効」だ「技あり」
などで決することは理念に反します。

柔道でも一本にこだわりながらもオリンピ
ックでルールが変更されたために、本来の
柔道の姿を取り戻そうと柔道家の人の中に
も悩み改革に努力している人もいるのです
が、柔道の精神を忘れ、メダルに固執する
選手も少なくないのが残念でなりません。

人間形成と精神修養

剣道には稽古を通じて心身を鍛錬し、人間
形成の育成を目指すという「理念」があり
ます。

全日本剣道連盟「剣道の基本理念」

求めるものがオリンピックとは異なると言
わざるをえないのです。

それが一つの理由です。

相手を敬う礼儀

もう一つの理由は「礼儀」です。

メダルを取ることだけに執着し、礼儀とか
人間形成という精神修養がなおざりとされ
る体質が強くなったオリンピックは、剣道
の理念に反する場とも言えます。

剣道は何よりも「礼に始まり礼に終わる」
といわれるように、対戦相手に敬意を称し
ます。

勝っても負けても敬意を称し、相手に対す
る礼義を忘れません。

技術の面で、剣道も相手に勝ちたい気持ち
は他の競技とかわりません。

しかし、「負ける」ことは自分の力不足を
教えてもらえるのです。

悔しいよりも、ありがたいという気持ちが
あるので、一喜一憂せずに、礼儀を重んじ
相手に敬意を称することができるのです。

対戦することが全て、お互いの修養の場で
もあるのです。

剣道ではガッツポーズで勝ち誇った態度は
しません。

この考え方は「古い」とか「堅い」と言う
人がいるでしょう。メダルや勝ち負けだけ
にこだわる人たちには理解できるはずなど
ないのです。

オリンピックと現状

井上康生監督はじめ大野将平選手のように
一本を決める、本来の柔道をとり戻そうと
している人たちや

勝ち負け以前に、これまでの集大成で美し
い演技を心がける体操の内村航平選手や

一度も成功したことがない新しい技に挑戦
した白井健三選手

1回戦で敗退したことで、実力の限界を感じ
引退を決意したフェシングの太田雄貴選手
などアスリートとしての精神を持った人達
もいるのですが

勝ち負けやメダルにこだわりすぎる選手が
多すぎるのです。

選手だけでなく、マスコミメディア、キャ
スター、コメンテイターたちにしても武道
の真髄を理解している人は少ないのです。

相対的にオリンピックの体質は
剣道の「理念」とは全く意が異なるのです。

それ故に、剣道をオリンピック競技にして
はならないのです。

流浪猫

剣道教士七段、九州共立大学スポーツ学部教授が教える「常歩(なみあし)剣道」の秘密

少年剣道指導歴45年、柏武道館館長、菅野豪八段の「子供の剣道上達法」



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